音楽の最近のブログ記事
2010年7月13日
メロディはくるくる回る
アナログのレコードプレイヤーがうちにきた。
ウクレレ教室のレッスン時、先生に「レコード聴かへんの?」と突然尋ねられた。
ぼくが「レコードは何枚かあるんすけどねぇ」と答えたら、プレイヤーを引き取ってくれないかとおっしゃる。
プレイヤーは欲しいけどどうしたものか。
迷っていたら、先生おすすめのレコード2枚もつけてくれるという。
ここまで押されたらもう後には引けず、重量のあるプレイヤーを担いで、うちまで帰ってきた。
棚の上にある物を無理矢理押しのけて、プレイヤーを設置。
設置場所がないのでテレビから出力という、なんとも申し訳ないセッティング。
何はともあれ、適当に手を取ったレコードを乗せて、スイッチを入れる。
レコードが静かに回り出す。
ゆっくり、そっと針をレコード盤の隅に落とす。
テレビのスピーカーから、ジッ、というノイズが鳴る。
そして、ノイズとともに音楽が流れてくる。
なんと言えばいいのか。
当たり前だけど、iTunesなんかで音楽を聴くのと全然違う。
ディスクを回し、針を落とす行為が、音楽を聴くという行為を能動的にさせてくれるよう。
それが作業用BGMであろうと、「さあ、これから音楽を掛けるぞ」という心構えが出てくる。
レコードで音楽を聴くってのは、ある種の儀式のようだ。
アナログかデジタルかといった、無粋なことを申し上げるつもりはない。
ただ、レコードで音楽を聴くことは、音楽と向かい合う丁寧な行為のような気がした。
2010年7月 1日
高松紀行6・さよならなんて云えないけれど
高松東港についたのは、フェリー出港の1時間以上前。
かなり暇を持て余すことになってしまった。
同行者もぼくも、口数少なにフェリーを待っていた。
彼はいったい何を想っているのだろう。
今回の旅でめぐった場所に想いを馳せているのか、それとも大勢の観衆とともに臨んだ演奏を反芻しているのか。
ぼくはといえば、ただ無心に近かった。
疲れのせいもあるけれど、自分のたましいだけコンサートホールに置き忘れたような気持ち。
神戸、大阪、そして今回の高松での演奏を見てきたが、終演後の余韻に、ここまで放心したのは高松会場だけだ。
ひたすら叫び続け、ひたすら歌い続け、ひたすら手をたたき続けた。
どの会場でも同じことをしてきたはずなのに、高松のそれは、いっこうに余韻が収まらない。
それまでの旅も、もちろん楽しかった。
うどんもおいしかった。北浜alleyの古倉庫街を活かしたたたずまいも心地よかった。
旅の行程すべてが「高松にまた来たい」と思わせてくれた。
でも、やはりぼくは、あの演奏を見るために高松に来たんだな、とぼんやりした頭で考えていた。
この旅と、最高の一夜の記憶は、一生忘れない。
今度こそ、ぼくにとっての「ひふみよ」は終わり。
最後になったけれど、旅に誘ってくれた同行人、旅先で出会った人々、そして、最高のショーを楽しませてくれたバンドのメンバーに、この場を借りて感謝したい。
最高の旅をありがとう。
ありがとう高松、また遊びに行くよ。
2010年6月29日
高松紀行4・小沢健二「ひふみよ」ツアー in 高松

まさかの3回目。
自分でもまさか、である。
今年に入って、彼には驚かされ続けている。
小沢健二がツアーを敢行することの「まさか」。
当初2カ所も足を運べることになった「まさか」。
最初の神戸で彼が本当にギターをかき鳴らしている姿を見たときの「まさか」。
そして、もう大阪で見納めと思った直後に高松公演へ誘われたときの「まさか」。
今年の公演発表から、6月の終わりまで、「まさか」の連続だった。
「まさか」は公演中にもあった。
16小節が24小節になった。
ファンにはこれで伝わると思う。
突然入ってきたTシャツの男たち。
スチャダラパーが、来たのである。
小沢健二という人物は、長らく日本を離れ、姿を消していた。
もう、ぼくに絶対見ることのかなわない黄金のカルテット。
そのときのぼくが発した絶叫と言ったらなかった。
あとで友人が「興奮しすぎてうるさかった」と言われてしまった。
それくらい、ぼくの中で「あり得ないこと」が目の前で起きたのだ。
何より一番の「まさか」は、今まで見た中で一番演奏が素晴しかったこと。
会場全体の空気が柔らかく、メンバーに余裕なものさえ見えた。
音楽は楽しむもの、楽しませるもの。
それを高松会場では肌身に感じた。
「この線路を降りたらすべての時間が魔法みたいに見えるか?
今そんなことばかり考えてる 慰めてしまわずに」
まだ、ぼくが掛かった魔法は解けない。
線路を歩き続ける力を、ほんの少し分けてもらった気がした。