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2010年11月18日

いつのまにかコミュニケーション

コーヒー・ブレイク

ブログの更新をさぼった後、知人に会うと
「ああ、ひさしぶり!最近見ないから元気かなと思ってたんだよ」
なんて声をかけていただくことがある。
残念ながら生きております。
更新を再開すると、mixiの足あと機能が便利で、日記が更新されるたびに足あとが増える。
足あとが増えているということは、すなわちブログを見に来てくれている人がいるということになる。
ただただ感謝。

それがツイッターの流行によって、今度は意識していない人にまで、ぼくの近況が見られている。
「旅行楽しかった?」
「自分また引っ越したらしいな」
「今日また遅刻したやろ?」
まさに、トゥルーマン・ショー。
もっとも、監視させているのはぼくなのだが。

とある人が「ツイッターでみんな『なうなう』言ってるけどそんなに寂しいのか」と指摘していた。
この「寂しい」という表現、当たらずとも遠からずではないか、とぼくは思っている。
寂しいから誰かに見てもらいたいわけではないが、誰か見ているはずなのに、黙っていることに違和感を感じる。
リアクションの有無はべつに重要ではなくて、人のいるところに自分が発言していることを意識して、みんな「なう」するのではないか。
もし対面の相手なら、一方的な会話でもいい、無言に苦痛を覚えることもあるだろう。
黙っていることが苦痛だから、つぶやく。
そこに相手の有無は関係ない。

デジタル時代のコミュニケーション。
そこに必ずしも相互性は必要ないのだろう。

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