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2010年7月22日

所詮は紙とペンの代わり

中崎町・サクラビル裏の路地

iPadが欲しいだの、新しいMacが欲しいだの、我ながら物欲の塊だなと呆れるばかり。
それこそiPadなんか「もし手元にあれば、ああいう使い方ができるなぁ」なんてイメージまでできている。

しかし、「ぱっ」と衝動買いしてしまうのは、前回書いたレコードプレイヤーとか、書店で見かけた本とか。
なぜか、アナログなものに興味を惹かれることが多い。
東京にあこがれていたはずのぼくが、何故古きよき時代の面影を残す中崎町に安らぎを覚えるのやら。

ぼくは手帳でのスケジュール管理が苦手だったのだが、iPhoneとMacを使うことでスケジュール管理に成功している。
そんなぼくでも、「iPhoneあったほうがいいと思う?」という質問に対しては、いつも「ないならないでいいと思う」と答えている。
確かにiPhoneを使うことでぼくの生活様式はスマートになったが、手帳で予定管理している人に、果たしてデジタルなスケジュール管理は必要なのか。

デジタルなツールの話をするとき、よく「紙とペン」が引き合いに出される。
紙とペンに電気は要らない。重さは比べるまでもなく軽い。
ハイテクなものに魅力を感じたとき、一度それが何をするためのものか、立ち返って見た方がいいかもしれない。
「結局アナログなものにかなわない」なんて原理主義的な考えは、また見方を曇らせるけれども。
紙とペンで事足りるのであれば、その人はきっとiPadなんて絶対必要ないのだから。

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