2010年9月 1日

test

test

2010年8月25日

死を報道したがる人々のレース

今敏という映像監督が亡くなった。
主にアニメーションを製作されていて、独特の映像美や情景描写で見る者をとりこにする、そんな監督だった。
ぼくもこの監督が好き......といっても、アニメ作品を数本くらい見ただけだったが。

ぼくがその「うわさ」を知ったのは、Twitterに「おはよう」と書き込もうとしたタイミング。
タイムライン上に、まさかと疑う人が大勢おり、ぼくもそのなかの一人だった。
どうやら、監督にちかい人が、Twitterやmixiでそのことを書いたため、一気に情報が広まったらしい。
ただし、これはあくまでTwitter・mixiにおける「個人の発言」が情報元で、信憑性がほとんどない。
オフィシャルな情報を見るまでは信じない、そう決めて、SNSやニュースサイトの動向を伺うことにした。

しかし、この「インターネット上にあふれる言葉」が、とても異常だった。
とにかく、きもち悪かった。
インターネット上の人々やメディアは、こぞって「我先に」と情報を流す。
未確認情報なのに追悼メッセージを書き込む人、死去に関するスレッドを掲載する2chまとめサイト。
なかには、さきばしったニュースサイトが「○○監督死去!?インターネット騒然」という記事を掲載する始末。
そんなに人より先に「今敏が死んだぞ!!」って言わないと気がすまないのか?
本当に死んだかどうかわからない情報を伝えないといけない理由でもあるのか?

昼さがりごろ、とうとう公式サイトからオフィシャルな訃報が出された。
さらに、監督本人の最後のブログとして、遺書も掲載された。
ぼくは、ここで初めて監督の死を事実だと受け止めた。
監督がこの世を去り、もう新たな作品が作られない事実への残念な気持ち。
それと、結果としてほんとうだったとはいえ、こぞって「他人の死」を口にしたがった人々にもってしまった違和感。
ただただ複雑な心持ちで、朝の「うわさ」から夕方の「発表」までをなぞらえた。

インターネットには嘘がいっぱい、と揶揄される。
どちらかと言えば、嘘というより信用できない情報、と言った方がいいのかも知れない。
つくづく、情報は鮮度よりも信頼性だと感じる、そんな一日だった。

以下、余談。
あらためて、今敏監督の「パプリカ」を見たが、やっぱりおもしろかった。
監督の生死は関係なく、面白い作品は世に残る。
だからこそ、ぎりぎりまで最後の作品の製作に取り組まれたのだろう。
監督の最後のブログによると、ほんとうに死の直前まで、製作に携わっていたそうだ。
ご本人が全てを手がけた作品はもう見られないけれど、それこそ命がけで最後まで製作に向かい合う気迫をもった監督の作品。
これから少しずつ、残りの作品も楽しませていただきます。
早すぎる他界ではありますが、本当にお疲れさまでした。

パプリカ [DVD]
パプリカ [DVD]
posted with amazlet at 10.08.25
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2007-05-23)
売り上げランキング: 276
おすすめ度の平均: 3.5
5 こう表現するのか という 発見の楽しみ
3
2 キャラクターデザインがいけない
5 面白いじゃないか!!!
2 原作を読まずに観賞しましたが

2010年7月22日

所詮は紙とペンの代わり

中崎町・サクラビル裏の路地

iPadが欲しいだの、新しいMacが欲しいだの、我ながら物欲の塊だなと呆れるばかり。
それこそiPadなんか「もし手元にあれば、ああいう使い方ができるなぁ」なんてイメージまでできている。

しかし、「ぱっ」と衝動買いしてしまうのは、前回書いたレコードプレイヤーとか、書店で見かけた本とか。
なぜか、アナログなものに興味を惹かれることが多い。
東京にあこがれていたはずのぼくが、何故古きよき時代の面影を残す中崎町に安らぎを覚えるのやら。

ぼくは手帳でのスケジュール管理が苦手だったのだが、iPhoneとMacを使うことでスケジュール管理に成功している。
そんなぼくでも、「iPhoneあったほうがいいと思う?」という質問に対しては、いつも「ないならないでいいと思う」と答えている。
確かにiPhoneを使うことでぼくの生活様式はスマートになったが、手帳で予定管理している人に、果たしてデジタルなスケジュール管理は必要なのか。

デジタルなツールの話をするとき、よく「紙とペン」が引き合いに出される。
紙とペンに電気は要らない。重さは比べるまでもなく軽い。
ハイテクなものに魅力を感じたとき、一度それが何をするためのものか、立ち返って見た方がいいかもしれない。
「結局アナログなものにかなわない」なんて原理主義的な考えは、また見方を曇らせるけれども。
紙とペンで事足りるのであれば、その人はきっとiPadなんて絶対必要ないのだから。

2010年7月13日

メロディはくるくる回る

レコードプレイヤーとChantal GoyaのLP

アナログのレコードプレイヤーがうちにきた。
ウクレレ教室のレッスン時、先生に「レコード聴かへんの?」と突然尋ねられた。
ぼくが「レコードは何枚かあるんすけどねぇ」と答えたら、プレイヤーを引き取ってくれないかとおっしゃる。
プレイヤーは欲しいけどどうしたものか。
迷っていたら、先生おすすめのレコード2枚もつけてくれるという。
ここまで押されたらもう後には引けず、重量のあるプレイヤーを担いで、うちまで帰ってきた。

棚の上にある物を無理矢理押しのけて、プレイヤーを設置。
設置場所がないのでテレビから出力という、なんとも申し訳ないセッティング。
何はともあれ、適当に手を取ったレコードを乗せて、スイッチを入れる。
レコードが静かに回り出す。
ゆっくり、そっと針をレコード盤の隅に落とす。
テレビのスピーカーから、ジッ、というノイズが鳴る。
そして、ノイズとともに音楽が流れてくる。

なんと言えばいいのか。
当たり前だけど、iTunesなんかで音楽を聴くのと全然違う。
ディスクを回し、針を落とす行為が、音楽を聴くという行為を能動的にさせてくれるよう。
それが作業用BGMであろうと、「さあ、これから音楽を掛けるぞ」という心構えが出てくる。
レコードで音楽を聴くってのは、ある種の儀式のようだ。

アナログかデジタルかといった、無粋なことを申し上げるつもりはない。
ただ、レコードで音楽を聴くことは、音楽と向かい合う丁寧な行為のような気がした。

2010年7月11日

充実した「暮らし」の定義

暮らしのヒント集

「暮らしのヒント集」という本を買った。
雑誌「暮らしの手帖」で、読者から寄せられたメッセージを、一冊の本にまとめたもの。
この知恵袋のようなこの本が、これまたおもしろい。
書かれているのは他愛のないことばかりで、
"すぐに取り出せるところに懐中電灯を置いておきましょう"
とか、
"怒ったり文句ばかり言っていると、癖になってしまいます。やさしい気持ちを心がけましょう。"
とか、
"一日に一度、大好きな人のことを考えます。いくつになっても、恋する気持ちを忘れてはいけません。"
とか。

ぼくはこの本を、生活に使えるヒントがないか、という想いで手に取った。
でも、読んでみると、広い意味での暮らし、人が生きていくうえで、少しでも幸せを実感しながら生きていくためのメッセージ集のように感じた。
何しろ、読者の人たちが実生活している上で考えたり体験したりしていることが詰まっているのだ。
半端な自己啓発に関する書籍より、よっぽど「生き方」に重みと深みが感じられる。

大半の人は、手の届く範囲の生活を繰り返している。
もちろんぼくもその一人で、朝になると起きて会社に行き、昼はパソコンに向かい合って仕事をし、夜になると帰ってベッドにもぐりこむ。
この繰り返される日常を、ぼくらは「平穏」と呼んだりする。
でも、誰かにとっての平穏は、自分の日常では気のつかないことが含まれていたりする。
その存在に気づくと、暮らしに充実や新鮮さを覚えるのだろう。


Powered by POPit

2010年7月 9日

旅と自分

中崎町・モノカフェ ワオン

大阪に住んで、もう30年近く。
学生時分の漠然とした夢ばっかり抱えていたころは、東京に出てでっかくなるんだ!なんて吉幾三のようなことを考えたりもした。
さすがに東京でべこを買おうとは思わなかったが。
年齢を重ねるにつれて、東京に大きな幻想を抱くことはなくなってゆく。
「大人になるってことは、物事をあきらめること」
誰の言葉だったかは覚えていないが、東京という街へのあこがれと引き換えに、ぼくは一つ大人になったのだろう。

その代わり、見知らぬ土地を見てみたいという想いはどんどん強くんっていく。
世界は国という単位で区切られ、国はさらに州や県などといった単位で区切られ、さらに市や町といった単位で......。
人間の暮らす世界は、どんどん細やかな単位で区切られている。
ぼくは旅が好きだが、海外に出たことはないし、遠方に旅へ出たこともあまりない。
普段も関西という単位の空間から、飛び出すことはあまりない。
井の中の蛙ということわざがある。
普段の生活にばかり触れていると、人は自分の見ている世界がすべてだと勘違いしてしまう。

旅に出ると、自分の記憶、見知らぬ空間を歩いたことが刻まれる。
最小単位であるはずの大阪を散歩しているときでさえ、街のささやかな発見に心躍らせることがある。
その記憶は、価値観や世界観という形で、自分を一歩成長させてくれる。
自分を成長させるために旅に出よう、なんて夏休みの予定をどうしようか目論むぼくである。

2010年7月 8日

自分のための幸せ

キャンドルナイト

昨夜の七夕、多くの人が願いを短冊に掲げた。
思い思いの願い事が叶うよう、空にかがややく星へ祈る。
自分の願いが実現することは、本人にとって幸せなことだ。
誰かの幸せを祈り、それが現実になることも、自分にとって幸せと感じる。
幸せの大きさは十人十色。
日々おいしいご飯を食べる、ただそれだけで幸せという人もいる。


例えば、試験で100点を取ったとする。
勉強に勉強を重ね、苦労の末その試験に望んだ人は、心からその結果を喜ぶ。
ただ、勉強せずとも普段から高得点を取る人にとって、それはごく普通のことである。
うれしくないわけはないだろうけど、その重みは人によって大きく異なる。

幸せの反対は、不幸。
言うまでもなく、幸せではない状態を指す言葉である。
だが、「人の不幸は蜜の味」なんて下世話な言葉もある。
裏を返せば、自分の不幸が、誰かにとって幸せにつながることだってある。

自分にとっての幸せが、他人の幸せとは限らない。
人の幸せのためなんて言っても、本当は心の中で「自分の幸せ」を目論んでいるかもしれない。
知らず知らずのうちに、「誰かを幸せにすることで自分が幸せになること」を望んでいたり。
結局、誰かの幸せなんて、その人にしかわからないことだ。
だったら素直に、人の幸せなんて考えは捨ててしまっていいんじゃないか。
自分が幸せになるため、相手の喜びそうなことを考えてればいいんじゃないか。

それでも願わくば、ぼくの身近な人が望む幸せを。

2010年7月 7日

星に、人に願いを

いのり星

今夜は七夕。
街のあちこちに、色とりどりの短冊が、それぞれの願いを込めて飾られている。
「サッカーがうまくなりますように」だったり、「宝くじが当たりますように」だったり。
自己研鑽を望むものから、金銭的な恵みを求めるもの、世界平和を祈るものも。
老若男女、それぞれ思い思いの願いが短冊にしたためられている。

今夜、大阪の中心部で、願いごとが書かれた光の玉を川へ放流する、というイベントが行われた。
その数、5万個。
単純に考えて、延べ5万人分の「願い」が川に放たれる。
願いの形は、人それぞれ違う。
願いの強さも、人それぞれ違う。
各々の願いを込めた小さな光がつながり、大きな光の川となって流れて行く。

社会とは、人の願いを叶えるために、人間が作り出したシステムだと、ぼくは思う。
組織や個人の持つ願いを、効率的に実現するため作り出されたシステム。
そんな都合のいい世界の中にいるはずなのに、人の願いは尽きない。
それどころか、願いを叶えるはずの世界にいながら、絶望を覚える人がいる。
会社やお客さんの望みのためにばかり動き、心を病む人もいる。

願いとは、自分や誰かの心を満たし、幸せな気持ちにしてくれるもののはず。
七夕の夜、何のための願いか、考えてみるのもいいかも知れない。

ところで、ぼくの願いごとはというと、これはヒミツ。
少し恥ずかしいのと、本気で想い願い、祈っていることだから。
偶然晴れた夜空の星に、静かにこの願いを托したい。

君といつまでも

E-P1で写真を撮る自分

先日、ヨドバシカメラのデジカメコーナーに立ち寄ったら、「OLYMPUS PEN E-P1生産終了のため現品限り」との張り紙。
E-P1はぼくが持っているものと同じモデルであり、ぼくが初めて手にしたデジタル一眼でもある。
後継機種やエントリーモデル、競合製品、既に市場でシェアこそ少ないものの多く出回っている。
試金石として販売されたE-P1が役目を終えようとしていることはあきらかだった。
近いうちに店頭から姿を消すのだろうと思っていたが、メーカーからはほぼ一年でお役御免と相成ったようだ。

自分が持っているこのE-P1 ホワイトモデルには、いろいろ想い出がある。
中崎に住んでいたころは、こいつを連れて街に繰り出すのが、何よりの楽しみだった。
福井の出張にも連れて行った。花見でも活躍した。
ウクレレの発表会ではこのカメラでカメラマンのお手伝いもした。
カメラを向けると、みんなの笑顔や恥ずかしがる顔が液晶に写り込む。
とにかく、自分にとって最高のカメラであり、最高の相棒なのだ。

さすがに名前をつけたりはしないし、別にぼくのカメラが壊れたわけでもない。
ただ、ぼくの相棒がひとつの節目を迎えたという事実に、一種の感慨を覚える。
あらためて「これからも一緒に歩いて行こうぜ」ってな気分で盛り上がる。

このE-P1はこれからずっと手放さない。たとえ動かなくなったとしても。
ぼくが歩き、覗いてきた風景のカケラが染み付いているはずだから。

Photo by Osamu Koide

2010年7月 4日

留め、伝える

四天王寺

明日は、母方の祖母の3回忌。
その前日である今日、親戚一同があつまって、法事が執り行われた。
一同と言っても、母方の一族である僕たちと、伯母の一族であるいとこ一家だけ。
祖母にはもっと親戚・身内がいて、何人かは健在のはずなのだが、何故母や伯母がその人たちに連絡をしないのかは不明。
もしかすると、いとこや母たちは、僕の見知らぬ親戚に会ったことがあるのかもしれないが。

一通り法事が済んだあと、一同が並んで記念撮影をした。
そんなことをすると思ってもいなかったので、当然だれもまともなカメラは持ってこず。
結局、母のケータイについているカメラで写真を撮ることになった。
苦笑いのような、むすっとしたような。
自分の少し戸惑う表情が、頬から伝わってきた。

祖母のことは、彼女が他界してから知ったことの方が多い。
葬儀の前夜、いとこが、祖母のアルバムを引っぱり出してくれた。
そこにあるのは、紛れもない祖母が観てきた記憶の一部分。
祖母が何十年も前に見てきた風景を、写真を通してぼくが見る。
モノクローム写真ではあったが、飛び越えた時間が印画紙の中に広がっていた。

家族や親戚が集まると、記念撮影といって、皆が一列に並ぶ。
ぼくは天の邪鬼なので、「今ここにいることが大切なのに、記念する必要性がどこにあるのか」と考える。
でも、残された人の為に写真を撮るのだと考えたら。
記念撮影の意味や価値ってのは、あとからついてくるものなのだろう。

最近のコメント

アイテム

  • 中崎町・サクラビル裏の路地
  • レコードプレイヤーとChantal GoyaのLP
  • 暮らしのヒント集
  • 中崎町・モノカフェ ワオン
  • キャンドルナイト
  • いのり星
  • E-P1で写真を撮る自分
  • 四天王寺
  • 中崎町・うてな喫茶店
  • 中之島公園・バラ